『ラブライブ!サンシャイン!!』、あるいは楕円の構造(後編)

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  後編では、いよいよ本格的に「君のこころは輝いているかい」PVの分析に入っていく。だがその前に、前作『ラブライブ!』の構造について確認しておきたい。 

 前編はこちら

ラブライブ!』の基本構造

 『ラブライブ!』主人公、高坂穂乃果の最も重要なアクションは、手を差し伸べることだ。初期のキーヴィジュアルの頃より繰り返されるこのアクションは、アニメ作品においても非常に大きな意味を持っている。

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 ラブライブはスポ根ものではあるが、いわゆる「敵」に値するものが存在しない。一般的にスポ根もの、バトルものは、強敵出現→成長して勝利→更なる強敵が出現→更に成長して… という弁証法を辿るのが一般的である。

 対して『ラブライブ!』のストーリーを見ると、まずは穂乃果が魁となって幼なじみの三人から始まり、その「輪」が広がって他のメンバーが加わって9人のグループ μ’sが完成する。ここまでが1期の展開だ。ラブライブ大会への参戦を果たす二期では先のスポ根的な弁証法が展開されるかとおもいきや、メンバー9人から、活動を支えてくれる仲間や家族、学校の生徒たち、ライバルのA-RISE、更には応援してくれるすべての人々へと「輪」は拡大していった。そして二期の一番最後では、穂乃果はカメラに向かって手を広げ、テレビの前の「あなた」に呼びかけ「みんな」の夢の実現を願う。これはもちろん穂乃果の「輪」がアニメの世界を飛び越え視聴者をも包み込まんとしていることを意味する。*1すなわち『ラブライブ!』とは、高坂穂乃果を中心とした同心円の拡大運動の軌跡といえるのではないだろうか。

 京極尚彦が最も好む演出が、被写体を中心としたカメラの円移動であることは疑いない。リミテッドアニメーションでこんなに手間のかかることを敢えて行うのは3Dを出自として持つ京極の意地なのかもしれないが、円をそのかたちとする『ラブライブ!』が構造上必要とする運動でもあったのだ。

 

『君のこころは輝いているかい』Music Video 分析

 さて、そろそろ本題の『君のこころは輝いているかい?』PVに目を向けよう。長さは6分程度、ドラマパートは更にその一部にすぎないが、それでも前編で述べた酒井和男の特徴であるレイヤー演出が見られる。

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 そして、今回まず注目したいのが、二枚目に見られる、孤立した小原鞠莉の加入の場面である。実は全く同じ構図(ブロンドの混血少女を他の8人が仲間に招き入れる)はμ’sの1stシングル「僕らのLIVE 君とのLIFE」PVにもあり、小原鞠莉を勧誘する場面も明らかにそれを踏襲したものであろう。よって、ここではその両者を比較していく。

僕らのLIVE 君とのLIFE」μ’s

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  本家『ラブライブ!』では、高坂穂乃果が手を差し伸べ、絢瀬絵里を引き入れることで加入が成立するという非常にオーソドックスな構造である。徐々に拡大を続けていたμ’sの「輪」が最後の異分子であった絢瀬絵里を取り込むことによって完成する決定的な場面であり、穂乃果の手を差し出すアクションが繰り出されることは言うまでもない。

「君のこころは輝いているかい」Aqours

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 一方、『サンシャイン!!』も同じように9人が揃ってAqoursが完成する場面だが、こちらはかなり凝っている。まずは『ラブライブ!』と同様に主人公の高海千歌が小原鞠莉の前に立ちはだかる。だが、仲間は千歌の側ではなく、逆側から登場し、鞠莉を挟み込む位置取りをする。九人が鞠莉のもとに集約することで、千歌/鞠莉/他の七人、の三層は一層に結合されるが、この七人の代表格は桜内梨子である。

 何が言いたいのかというと、本家が穂乃果を中心とする「円」の構造であるならば、『サンシャイン!!』は千歌と梨子という2つの中心を持つ「楕円」の構造だといえるのではないだろうか。

 

 もうひとつ「僕のLIVE 君とのLIFE」PVと比較しておきたい場面がある。双方の楽曲におけるクライマックス直前の場面だ。どちらも一度円をつくり、9人が列になるのだが、その演出の差が京極と酒井、そして『ラブライブ!』と『サンシャイン!!』の違いを如実に表している。

僕らのLIVE 君とのLIFE」μ’s

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 『ラブライブ』では、カメラは中心に鎮座する穂乃果へと列を切り裂くように前進移動する。これは二次元でも京極が「空間」を表現しようと腐心した結果であり、また『ラブライブ!』の中心が穂乃果であることを示している。

 「君のこころは輝いているかい」Aqours

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 一方、『サンシャイン!!』は、列のつくり方が非常に面白い。まず主人公格の千歌から始まるのは当然として、一人ひとり、その前にレイヤーとして重なっていく。これが酒井的な演出であることは言うまでもないだろう。そして千歌から始まった重なりは、梨子で締められる。千歌と梨子、この二人がAqoursの中心であることを宣言するように。

μ’sとAqours

 最後に指摘しておかなければいけないのは、Aqoursがμ’sに憧れて結成されたグループであるということだ。

 サンシャインとはあくまで太陽ではなく太陽光のことである。Aquoursがサンシャインであるとして、では太陽は?もうおわかりだろう、太陽はμ’sである。Aqoursはμ’sの輝きを受けてつくられたグループであり、そして自身もまた輝こうとする物語が『ラブライブ!サンシャイン!!』なのだ。

 両者の地理関係もそれを裏付けていよう。日出づる処たる「東」は秋葉原のμ’sと、その輝きを浴びて「西」は静岡の沼津で結成されるAquors。このふたつを中心として持つ本作品が楕円の構造に至るのは、はじめから当然のことであった。

 楕円かどうかはともかく『サンシャイン!!』がミクロにおいては千歌と梨子、マクロにおいてはAquars(沼津)とμ’s(秋葉原)というかたちで2つの中心を内包していることは間違いない。ということは、中心が一つであった『ラブライブ!』とはまったく異なる作劇が必要となるわけで、それがきっと画面をレイヤーで重ね、微細な関係性をそこに描き込むことに長けた酒井和男が監督に採用された理由だろう。『サンシャイン!!』の初回放送は今週土曜、7月2日である。期待したい。


番外:劇伴音楽

 『サンシャイン!!』においてもうひとつだけ気になる点は、劇伴が藤澤慶昌から変更されていることだ。藤澤は高校生らしさと青春感を出すために、ブラス中心、アコースティックメインの劇伴に仕上げていたが(吹奏楽をイメージしてだろう)、これが抜群にはまっていた。細かく割ったカットで畳み掛ける京極監督、そして勢いがなによりの『ラブライブ!』にとって、藤澤の音楽がいかに重要なものであったかはアニメを見たものならご承知だろう。京極が次の監督作『GATE』でも藤澤を起用していることからも、評価の高さがよくわかる。

 『サンシャイン!!』の劇伴音楽は加藤達也という人物が担当するらしい。番宣PVのBGMを聞いた限りでは、ブラス中心の方向性は変えていなさそうだ。より劇的になっていて、吹奏楽コンクールの課題曲みたいだが、これはこれで好きなのでこちらも楽しみにしたい。 

*1:この輪の拡大について、声優たちによるμ’s、それのファンたちも包摂し現実の『ラブライブ』プロジェクトまでも含み込んで考えることも可能だが、三次元の話はここではひとまず措く。