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前回までの『ラブライブ!サンシャイン!!』 9話の酒井和男の演出について(前編)

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 先日、12話が放映され『ラブライブ!サンシャイン!!』も愈々あと1話となった。ここまでは脚本家の作品という印象。ストーリーが練られているのはいいのだが、全体的に台詞で説明してしまおうという傾向が強い。映像作品なのだから画面で語って欲しい。ラブライブは(1期のように)本質的にはミュージカルであれ、というのが個人的な希望だったが、それはやはり京極尚彦の特質だったようだ。

 とはいえ、本家でも絵コンテを受け持った古田丈司(4、10話)や渡邊哲哉(11話)の回はやはり面白く、最終話前に作品の評価を下すのは早計だろう。今回は、『サンシャイン!!』の監督である酒井和男が絵コンテを担当し、かつおそらく最も気合が入っていたであろう9話の演出を少し見てみたい。

一つの空間、二つの位相

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 これは、松浦果南と黒澤ダイヤ(左側)に対して、スクールアイドルを辞めた真の理由を高海千歌たち(右側)が詰問するシークエンスである。ここでは、屋外から体育館へ向けて、対面する両者を捉える構図が採用されている。

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 エスタブリシュショット*1に従い、詰問する千歌たちと何も語らない果南は180度ルール*2に忠実に(つまり屋外側からカメラを向けて)切り返しがなされるが、果南の傍らに座るダイヤだけは、なんと常に逆構図(体育館側からのショット)で捉えられるのだ。

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 この意図的な180度ルールの侵犯は、ただ一人果南の真意を知っている(そして果南がなぜ口を噤むのかも知っている)ダイヤを、この場に同席しながら遊離させるために行われている。

 詰問は続けられるが、果南が我慢しきれずに立ち上がり(傾いた不安定なショットで、さっきまでの安穏とした雰囲気を一瞬で壊している)、席を離れて出口に立ち、捨て台詞を残して立ち去っていく。最後の果南のショットも逆構図(体育館側からのショット)だが、これも詰問の空間から果南が離れ、孤立したことを強調するためだろう。

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  面白いのは、これで終わりではないところだ。引き続き、残されたダイヤへの詰問がはじまるのだが、ダイヤへの詰問は、ダイヤが属していた逆構図(体育館側からのショット)によってはじまる。つまり、(同じ部屋にいながら)ひとり逆構図で分離していたダイヤの位相に詰問者側が入り込み、ダイヤを把捉する。

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そして、傍観者を決め込んでいたダイヤも下の画像のように詰問の場、つまり最初の屋外側からの構図へと引きずり込まれることになる。

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 以上のように、酒井は同空間を両側から捉えることで、別種の位相をつくりだし、さらにキャラクターにそれを行き来させることでドラマを生み出している。(確認しておくと、ここでは、屋外側からのショット=詰問の場、体育館側からのショット=孤立、分離したエアポケット)これは、部室が両側とも入り口となっているリバーシブルな構造を持つため、逆構図になってもさほど違和感を感じさせないことを利用したものである。

 特徴的な部室を活かしたこの演出は、実はすでに酒井が絵コンテを担当した6話でも行われていた。

6話での部室を用いた演出

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 これは学校の統廃合の知らせに驚いている場面である。ここでもまず屋外側からのエスタブリシュショットではじまる。

 統廃合のニュースを聞いて、μ’sと同じ状況にあることを喜んだ千歌は、部室を飛び出し、体育館内を回り、体育館側からの扉から入ってくる。

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 このアクションも部室のリバーシブルな構造を活かしていて面白いが、そのまま体育館側からの逆構図のショットに移行したことがここでは重要である。そして、もうひとつ見逃してはならないのは、国木田花丸が背を向けているところである。

 そう、千歌の騒ぎ(体育館側からのショットに属する)が一段落すると、次は花丸のターンだ。彼女もまた、統廃合によって大都会沼津へ通える日々を夢想し、喜びを見せる。

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 花丸が振り向いてその笑顔をカメラの前に晒すと、構図はまた屋外側からのものへ戻る。そして、今度は千歌が、先の花丸のようにポーズをとったまま背を向けて後景に退いている。

 花丸のターンが終わると、千歌が振り向いてAqoursの今後の行動指針を示し、いちばん初めの屋外側からのショットに戻ってシークエンスは終了する。

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 ここでは千歌と花丸、二人の別種の喜びの反応に焦点を当てるため、千歌=体育館側からのショット、花丸=屋外からのショット、といった風に同じ空間を二つの位相に分けている。もちろん、演出自体は9話のものと基本的に同じだ。

 

 以前、『ラブライブ!』の酒井の演出を分析した際にも述べたが、やはり酒井の演出は、同空間に属する(思惑が異なる)多人数を捌くときに冴えを見せるようだ。

 後編では、同じく9話で見られた(そしてやはり他でも確認できる)「部屋」と「渡り」で構成された、酒井的空間とでも呼ぶべきものについて考察を試みたいと思う。

*1:シークエンスの冒頭で、その場面の状況や位置関係を設定するショット

*2:コンティニュイティ確保のために、対面する被写体の間に線を引き(イマジナリーライン)、カメラがそれを跨がないよう撮影する原則。Wikipediaの説明はこちら。実写でこの原則を破るとどれほど違和感が感じるかはWikipediaに挙げられている『シャイニング』の例がわかりやすい。

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