Hearthstoneフレーバーテキスト日英比較ー「旧神のささやき」編(前編)
先日、ハースストーンの拡張版「旧神のささやき」がリリースされた。ハースストーンのフレーバーテキストは小ネタや仕掛けが多く、大胆な翻訳によってそれは更に入り組んだものとなっている。この記事では、原文と翻訳を照らし合わせながらその絡まった糸を解いていきたい。
実は同趣旨の記事は日本語版リリースの際にも書いていて、個人的にはかなりの自信作だったのだが、全く読まれなかった。びっくりするくらいアクセスがなかった。だいぶ落ち込んだが、私の記事が悪いのではなく、正しく評価できないこんな世の中がポイズンなだけなので、気を取り直して今回の拡張版も見ていくこととする。
粉砕/Shatter
「新製法「瞬間凍結粉砕」でコクを凝縮、高コストミニオンを中心に絶妙にブレンドし、栄養素を余すところなく使用した最高の一杯!」
原文:What’s cooler than being cool?(クールでいることよりクールなことってなんだ?)
翻訳と原文の差が激しい一枚。原文は Outkast 「Hey Ya!」の歌詞の一節である。まあ確かにイラストはメンバーのアンドレ3000っぽい。ちなみに問いかけの答えは「Ice Cold!」。翻訳の元ネタはなんだろう、プレミアムBOSS?
地の底の探索/Journey Below
「忌まわしき洞窟の中に転がっていた白骨は、名状し難き何かで磨かれたかのごとく、冒涜的なまでにピカピカであった。」
原文:Don't stop believing there's something below.(信じることを止めないで。何か下にあるということを。)
これはわかりやすい。原文はJourney「Don’t Stop Believing」の一節。Journeyは正直埃を被ったバンドだったが、学園ミュージカルドラマGLEEで使われたことで超有名な曲になった。引用箇所も誰でも口ずさめるんじゃないかってくらい有名な部分。
GLEE Full performance of "Don't Stop Believing"
翻訳は…何か元ネタがありそうだが全然わからない。分かる人いたら教えて下さい。
!追記:諦めずに調べていたら翻訳の元ネタがわかった。嘉門達夫「ゆけ!ゆけ!川口浩!!」という曲の歌詞らしい。元ネタはゲームか何かだろうと推測していたのだが、律儀に原文に合わせて歌詞の一部とは。よくぞこんなの知ってたor見つけてきた翻訳者に拍手。
ゆけゆけ川口浩 (Yuke Yuke Kawaguchi Hiroshi)
原文のは感動を呼ぶ曲なのに、日本語版はやばい感じのコミックソングという違いはあるけれど。
進化/Evolve
「変わり始めたマイ・エボリューション 形を変えることさ 誰かに伝染えたいよ マイ・ディア・ミニオンズ 今すぐ」
原文:So you say you want an evolution. Well, you know. We all want to change the board.(君は進化を望んでるという。まあ、そりゃね。僕らはみんなボードを変えたいんだ。)
原文はビートルズの「Revolution」、翻訳は渡辺美里の「My Revolution」から。どちらもレボリューションをエボリューションに読み替え、楽曲の歌詞をもじっている。
これに関しては、翻訳に軍配を上げたい。翻訳の勝利、というよりも、世代でなくても歌詞を見ただけでフレーズが頭のなかで再生できてしまう小室サウンドの勝利というべきか。
この曲が耳に残るのにはちゃんと理由があり、サビで転調する(しかも下降)というトリッキーな手法が使われているためだ。90年代を小室哲哉が牛耳る嚆矢であるだけでなく、とにかく転調しまくる今日のJ-Popを形作った記念碑的作品でもある。*1
腐肉食いの芋虫/Carrion Grub
「え?蒸し芋食いに行く?」
原文:Carrion My Wayward Son(腐肉/やり続けなさい、強情なお前よ)
これは…翻訳も適当だが原文も適当な一枚。Kansas「Carry on Wayward Son」をもじって、Carrion(腐肉)とCarry on(続ける)をかけているが、本当にそれ以外の捻りは何もない。せっかく名曲なのに。旧神のささやきのフレーバーテキストはハミルトン・チューという人物が一人で手がけたそうだが、まあ疲れていたんだろうね。
狩猟/On the Hunt
「カモを撃ち落とせないとマスティフに嘲笑われるぞ。」
原文:The mastiff giggles if you don't hit any ducks.(もしカモを撃ち落とせないなら、マスティフはくすくす笑うだろう。)
一見なんてことはないテキストで素通りしてしまいそうになるが、実はこれには元ネタがある。Duck Huntというゲームをご存知だろうか。カモを撃ち落とすファミコンゲームで、かつてアメリカではスーパーマリオブラザーズとセットになっていたために、向こうでは非常に知名度が高いとのこと。もうおわかりだと思うが、このゲーム、カモ撃ちにしくじると、猟犬に嗤われるのである。
炎まとう無貌のもの/Flamewreathed Faceless
「炎の匂い しみついて 無貌る」
原文:He's on fire! Boomshakalaka!
もし原文を見て、何だあれか、と元ネタが分かる日本人がいたらオッサンすぎるか、インターネット・ミームに詳しすぎる。てんでわからなかったのだが、検索したらすぐ出てきた。かつて「NBAジャム」というゲームがあり、点を決めると実況がこれらの言葉を叫んだということだ。
では、なぜそれがフレーバーとして使われるのか?このゲームはダンクを決めるとリングが燃える演出があった。そう、どうも原文は「炎まとう無貌のもの」のイラストを、燃えるボールを持ってダンクを決める姿に見立てているらしい。どうだろう、そう言われると、逆にそうとしか見えなくなってこないだろうか?
翻訳はアニメ「装甲騎兵ボトムズ」オープニング楽曲「炎のさだめ」の一節「炎のにおい 染み付いて むせる」が元ネタで、結構有名なものらしい。そんなの知らないし、どうでもいいよね。
とはいえ、ボトムズって何?という人は流石に勉強不足なので猛省を促したい。以下、有名なコピペを転載しておく。
■一般人の認識
ガンダム:安室とシャーがたたかう話
エヴァ:パチンコ
マクロス:歌う
ギアス:知らん
ボトムズ:アストラギウス銀河を二分するギルガメスとバララントの陣営は互いに軍を形成し、 もはや開戦の理由など誰もわからなくなった銀河規模の戦争を100年間継続していた。 その“百年戦争”の末期、ギルガメス軍の一兵士だった主人公「キリコ・キュービィー」は、 味方の基地を強襲するという不可解な作戦に参加させられる。 作戦中、キリコは「素体」と呼ばれるギルガメス軍最高機密を目にしたため軍から追われる身となり、 町から町へ、星から星へと幾多の「戦場」を放浪する。 その逃走と戦いの中で、陰謀の闇を突きとめ、やがては自身の出生に関わる更なる謎の核心に迫っていく。
石牙の異能死屍/Duskboar
「森でこいつに出くわさないよう、ひたすらイノれ。さもなきゃシシ累々、こいつのイノ中だ。」
原文:Often excluded from dinner parties. To be fair, he is very boaring.(しばしばディナー・パーティから除け者にされてしまう。率直に言って、彼はとっても猪なんだ/退屈なんだ。)
前半最後に一枚、個人的に好きなものを。翻訳は、まあ解説しなくてもよいでしょう。イノシシをひたすらかけているだけだ。
原文は、boaringでboar(イノシシ)とboring(退屈だ)をかけている。それ自体は大した言葉遊びでもないのだが、それを踏まえてイラストを見ると、ただの獰猛で恐ろしい巨体猪のイラストが、お前はつまらないと仲間外れにされた怒りや悲しみを押し殺しつつ夕闇に佇む寂しげな姿に見えてこないだろうか…仮に過去こういう経験があったとしたら…胸に…刺さるよね…
やや感傷的な気分に浸ったところで、一旦お開きとしたい。
(後編に続く)
*1:例えば最近の楽曲だと欅坂46「サイレント・マジョリティー」が転調の秀逸な良曲